2025.04.25 林会長のお便り

祐介先生、牟田さん、こんばんは。

 

先週の放送でトンカツ屋さんの話がありました。馴染みのお店ではないので何が起こるかわかりませんがひと段落してみると「感激するほど美味しかった」トンカツに出会えて本当に良かったのではないでしょうか。この話を聞きながら私は「蜘蛛の糸」を思い出していました。

悪行(あくぎょう)の限りを尽くして、いざ処刑の場に連れていかれる時、カンダタは自分の足元を横切ろうとする一匹の蜘蛛に出会います。悪いことなら何でもしたカンダタにとってその蜘蛛を踏み潰すことは容易にできたはずです。ところがカンダタはその蜘蛛にも命があるのだと気づいて、道の端にその蜘蛛を逃がしてやります。やがてカンダタは処刑され地獄に落ち、血の池に沈んでは浮き浮いては沈んでいるところに天から一本の銀の糸が垂れ下がってきます。その銀の糸はカンダタだけを助けるかのようにカンダタを目がけてきました。カンダタは「しめしめ、俺はもしかしたら助かるかもしれない」とその銀の糸をよじ登りました。初めは一心不乱でしたから少しでも血の池から離れるように無心で上を目指して登って行きました。しばらくして登るのを休み、自分の足元を見ると無数の人達が銀の糸にしがみついて登ってくるのが見えました。カンダタは「この糸は俺のものだ、みんな降りろ」と叫んでいました。それまでは何もなかった銀の糸はカンダタの手の上でプツンと切れ、全員が血の池に落ちてしまいました。こういう内容ですね。私はこの「蜘蛛の糸」には私たちが生きていくための教訓がいくつもあると思います。

その1、私たちは生きていくのに沢山の人の世話になっています。いつも周りの人に感謝をして頑張ることの大切さです。その2、どんな小さなことでも人が喜んでくれることをすると神様か仏様がそれを見ていて自分が苦境に陥っている時救ってくれるということです。その3、カンダタが一本の銀の糸に巡り合えたのはたった一匹の蜘蛛を道の端に逃がしただけです。それでも神様や仏様はちゃんと評価してくれているということです。その4、なぜ「カンダタの手の上から糸が切れてしまった」のかというと蜘蛛を助けた善行よりも他人に意地悪をしたからです。「これは俺の糸だ」と自分本位の、自分が助かりたい気持ちを出したからです。あくまでも他がために尽くすことが大切だということなのではないでしょうか。

その5、この物語には書かれていませんがもしもカンダタがこの蜘蛛を助けるだけでなく、沢山の善行を重ねていたとしたら一本の蜘蛛の糸ではなく、瀬戸大橋やレインボーブリッジのつり橋のような太い糸をおろしてもらえたのではないかと思います。今夜の祐介先生のトンカツ屋の話、以前池袋に住んでいた時のトンカツ屋さんの話と共に次週書かせてもらいます。

2025425

 

医学博士・歯科医師 林 春二