2024.05.10 関口団長のお便り

祐介先生、牟田さんこんばんは

 

5月の連休も終わりました。祐介先生はリフレッシュできましたか?

私は大学から息子が同級生の友達2人と一緒に帰省してきたので自宅で私の仲間、高校生の娘の友達、そして息子たちとバーベキューをしながら楽しい時間を過ごさせてもらいました。

息子やその友達は言わば、私や祐介先生、ひいてはハロアル会長林先生の後輩にあたるわけですから、大学生活や私たちも住んでいたあの街の事を色々と聞くと共に、

彼らの初々しい顔を見ていると、32年前初めてあなたと出会った頃を思い出していました。

32年前、とある居酒屋で開かれた私が所属を希望していた剣道部の新入生勧誘の食事会で、多くの学生の中、私の隣に一人の長髪のあんちゃんが座りました。すると彼は突然私に「すんません、タバコ1本もらえますか?」と話しかけ私も「誰だ?この人」と思いながら、その図々しさから恐らく先輩だろうと思い、「どうぞ」と言って火を付けてあげました。そして部長が「それでは新入生、立って一言挨拶して」と言った瞬間、お互い立ち上がり、「お前も1年かい!」といった表情で見つめあったのが始まりでしたね。

そこから32年。今ではこうやってあなたのラジオに私が手紙を書き、お互い同じ志のもと、あの関口と祐介が、と言われながらも20年間一緒にフィリピンのスラムでの医療活動をやり続けていると思うと、(おの)ずと息子や後輩たちに投げかける言葉は決まってきます。私は揺らぐ炭火の火を囲いながら彼らに一言だけ伝えました。

「歯医者になるために大学に行っているのだから、勉強を頑張るのは当たり前。しかし、それ以上に大学生活の中で、一生付き合っていける「友」を作ることが大切。」

私はまだまだ2年生の彼らに、どんな歯医者になるべきかや、歯の大切さを色々話すのではなく、まずは、一緒に馬鹿をやり、一緒に学び、一緒に歩ける友達の大切さを話しました。そして晴れて免許を取り、「先生」と呼ばれる日が来た時、その呼称に恥じぬ人間になるためにハロアルに参加をし、心の研鑽を積もうと語りました。

振り返ると私も学生生活、そして歯科医師となった今日まで、幾度か大きな人生の分岐点がありました。しかしその分岐点には親だけではなく、友人や師匠、恩師の助言がありました。大学に戻る日、自宅から出る息子の後ろ姿を見ながら、32年前あなたが私の実家に初めて遊びに来た時、一緒に長野に帰った日を思い出し、あの頃を懐かしむと共に、少しずつ大きくなり、新たな仲間と共に歩く姿が少し誇らしくも感じました。帰り際、いつも通り息子の手を握り「元気でやれよ」というと、息子は「うん」と言いながら初めて「ありがとう」と言いました・・。

 

2024510日 ハローアルソン・フィリピン医療を支える会 団長 関口敬人