2020.10.23 林会長のお便り

 祐介先生・牟田さんこんばんは。

 先週は関口団長の熱い「栃木愛」を聞かせてもらいました。名所、旧跡が多く観光優美でおいしいものが沢山ある上に、ハロアルの団長関口先生の活躍している栃木県が、何故魅力度が低いのか全く分かりません。よくわからないのにこれからの文章は、さらに関口団長の心にもっとグサッとくるかもしれませんが、「日本で一番人気のある移住先」第一位はハロアルの本部がある長野県だそうです。すみません。

長野県は山国で、北アルプス、南アルプスや上高地、お猿で有名な渋温泉など観光地が至る所に溢れています。しかし人には恵まれず過疎化が進み、どこの自治体にとっても梃入(てこい)れが必要なので様々な趣向を凝らしていることも大きな要因になっているのだと思います。その他に一大ボランティアの拠点があることも大きな要因です。

今からさかのぼること16年前、2004年のハローアルソン・フィリピン医療を支える会の本部を長野県に置いてもらい、1年に1回、その年の報告会を浅間山のふもとにある御代田町で開いてくれた関口先生の力が大きいと思います。とても感謝しています。

 「16年」というと、生まれたばかりの赤ちゃんが中学を卒業して高校生になってしまいます。それこそ筆舌(ひつぜつ)に尽くせないほど色々なことがありました。イスラムのテロ、2011311日に起こった東日本大震災、福島原発事故、台風ハイエンによるフィリピンの大災害、火山の噴火、コロナウイルスのパンデミック等々、数え上げたらいくらでもあります。その間、フィリピンの大統領はアロヨ大統領からアキノ大統領に、そしてドテルテ大統領に変わるたびにマニラの街はとてもきれいになりました。しかし、スラムは昔のままで一向に良くなりません。医師派遣申請は毎年変わり、その都度団長の関口先生がフィリピン大使館に何度も行って申請してくれました。初めの頃は参加してくれた高校生も23名だったのに、今では1回に50名近くも参加してくれ、アッという間に500名を超えてしまいました。

活動が終わるとその年のフィリピンの活動報告会を開きます。毎年300名以上の皆様が参加し、5,000名以上の皆様が高校生の体験談に涙し感動してくれました。小学生が高校生の発表に感動して、やがて高校生になりハロアルに参加してくれた人も沢山います。また、高校時代にハロアルに参加してくれた高校生が、10年経ったハロアルに興味を示してくれ活動に復帰して高校生達の面倒を見るスタッフになってくれました。この活動は「スラムの支援」かもしれませんが、第二次大戦の時、「バターンの死の行軍」で奪った1万名以上の米兵とフィリピンの人々の供養だけでなく、今生きるスラムの人達の希望の光になっているのです。その拠点が長野だから、こういう場所に住みたくなるのでしょう。

20201023

 

医学博士・歯科医師 林 春二