2020.03.20 関口団長のお便り

 

祐介先生、牟田さんこんばんは

 

 

 

 今日は春分の日ですね。私の地元栃木県那須も日に日に温かさが増し、春の気配を感じ始めるころとなりました。

 

 この時期は卒業式シーズンですが、新型コロナウィルスの影響で今年は短時間で父兄以外の在校生や来賓などの出席を見合わせる学校が多いようです。私の子供たちもそれぞれ中学校、小学校を卒業するのですが、昨日彼らに今卒業式で何を歌うのかを尋ねたところ、校歌だけだよ、と返事がありました。私は驚き、「国歌斉唱は?」「仰げば尊し」は歌わないの?と尋ねると、今年は時間短縮で国歌は歌わず、仰げば尊しは初めからなかったそうです。祐介先生、時代なのでしょうか、今は歌謡曲の中から卒業にあった歌を歌うみたいですね。

 

 私は一人晩酌をしながら家内に話ました。確かに、新型コロナウィルスの影響で時間を短縮するのは理解できますが、それならばまずは「国歌」を歌うべきだろうと。国があるからこそ教育を受けられるのだから、優先順位は国歌で次に校歌だろうと。すると家内が「校歌は今日で最後なんだからいいじゃない」と言うのです。なるほど。そういう意見もある。祐介先生、ではなぜ仰げば尊しがなくなったのでしょうかね。

 

時代にそぐわないから?私は先ほどの家内の意見に反論するように言いました。それでは、なぜ「仰げば尊し」を歌わないんだ?歌謡曲ならこの先思い出を振り返りながらカラオケで友達と歌うことができる。しかし、学校に入学し、先生や友人と出会い、勉強や運動に励み、友達と語らい過ごした青春の日々に別れを告げ、次の出会いの喜びとする歌はこの歌しかなく、それこそ大人になってカラオケでこれを歌うことなど滅多にないのだから、是非子供たちにこの名曲を歌ってほしいと願うのは私だけでしょうか。

 

 確かにこの曲は今の時代には合わないでしょう。この曲のはじめの「仰げば尊し我が師の恩」は「見上げるほど尊い師への恩」という意味です。二番目の「互いに睦し日ごろの恩 別るる後にも やよ忘るな」とは「お互い切磋琢磨した日々、お前のおかげだ、分かれてもお前のことは忘れないよ」当たりでしょうか。そしてこの歌詞の全ての末尾は「今こそ別れめいざさらば」となります。「友よ、今こそ別れよう、ありがとう」

 

 学級崩壊やいじめ、さらに最近では教員同士のいじめ問題など、この歌のように先生を師と仰ぐ風潮も薄れ、また先生たちも閉鎖的な縦割り社会の縮図のような環境と、

 

昔のような個人の個性が裏目に出てしまう現代社会では、なかなかこの歌のような学校生活を子供たちに送らせることは難しいかもしれませんね。

 

 ただ、言えることは、例え時代が変わろうとも、たとえ歌詞の意味が古くかろうとも

 

私自身この歌を歌えた時代に生きていてよかったと思いました。

 

 そして、私にも祐介先生にも私たちの人生においてもう一度この歌を歌える「師」がいまでも健在であり、この度、うれしいことに二代目が誕生したことは最近不安な話題が多い中、本当に心からの喜びの話題となりました。

 

2020320日 ハローアルソン・フィリピン医療を支える会 団長 関口敬人